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ケセランパサラン

袈裟羅・婆裟羅*註1

作詞:みゆはん   
作曲:みゆはん

ケセラセラ
幸せになるために
なるようになる
 
Que Sera, Sera (Whatever Will Be, Will Be)*註2
為了獲得幸福
順其自然地生活

ふとした時に吹きつける風
進みたくて踏み出す足重くて
嫌になってしゃがみ込んでしまった
なんとなく気持ち塞ぎ込んで
やることなすこと 意味ないかもって
そんなふうに思うこともあった
 
突如其來撲面而至的風
使剛踏出的步伐變得沉重
本想前進  卻煩悶地在原地蹲下
有時候  心中也會不知怎地  充斥著無處可去的情緒
覺得一切所為說不定都沒有意義
 
「望むものが得られない」
それが結果、良いようになる(こともある)
 
就算「求之卻不得
(有時候)也會有好結果
 
ケセラセラ ぐるぐる遠回りで
何度も回り回って
見渡せば意外と良いところに
いたりするんだ
 
Que Sera, Sera (Whatever Will Be, Will Be) 一圈圈地繞遠路
繞了無數次後
抬眼望去 有時候也會意外地繞到好地方

夢見ることは大事だけれど
夢見てるだけじゃ、ただの願い事
イチニチイッポ ミッカデサンポだ
今どこに立ち どこに向かって
遠いか近いかも分からないけど
大丈夫 足は動いている

夢想固然重要
但若僅是作夢 終究只是空談
每日一步一腳印 終能到達目的地
雖然不知現在身處何處 面向何方
連離目標或遠或近都不清楚
但只要腳還在動 我就能繼續前行

生きていれば生きているだけ
涙流すことになるけど
 
即使只要還活著
就一定會流下更多淚水

ケセラセラ 幸せになるために
辛さも知ることになる
今泣いた烏がもう笑うように*註3
思うまま生きてこう
 
Que Sera, Sera (Whatever Will Be, Will Be) 為了獲得幸福
我知曉了何謂痛苦
向天真無邪的小孩子看齊
馬上擦乾眼淚 開懷大笑吧

ため息吐きながら迎えたその朝も
良い事が起きる日になるかもしれない
また今日も一日、未来重ねよう
 
即使是在嘆氣中迎來的早晨
也可能會發生好事
所以今天也再次 伸手抓住未來吧

「望むものが得られない」
それが結果、良いようになる(こともある)
 
就算「求之卻不得
(有時候)也會有好結果
 
ケセラセラ
幸せになるために
なるようになる
 
Que Sera, Sera (Whatever Will Be, Will Be)
為了獲得幸福
順其自然地生活
 
ケセラセラ ぐるぐる遠回りで
何度も回り回って
気がつけば満身創痍だけど
最後は笑い飛ばそう
 
Que Sera, Sera (Whatever Will Be, Will Be) 一圈圈地繞遠路
繞了無數次後
即使在不經意間 變得滿身是傷
到了最後 就一笑置之吧
 
ケセランパサラン
袈裟羅・婆裟羅
 
歌詞來源:歌ネットモバイル(歌net mobile,暫譯行動歌網)

註1:

ケセランパサラン為日本於江戶年代(1603年—1867年)時,

在民間流傳的傳說生物。

外觀狀似蒲公英的冠毛或白兔的尾巴,

是一顆長滿白色長毛的圓球,可於空中隨風飄浮。

只要飼養於開有孔洞的桐木箱中,

並給予其白色的水粉霜(一女性化妝品)作為糧食,

即可增殖,並帶給飼主幸福。

其名之來源有四說:

(1)西班牙語之Que Sera, Sera(見註2)

(2)梵語之袈裟羅・婆裟羅,意義不明。

(3)因其外觀似羽毛一般蓬鬆,故以此命名描述其蓬鬆感。

(4)日本東北地方之方言,意為「完全不知道是什麼東西」。

此處為方便中文發音,採2的說法。

參考資料來源:維基百科,加上個人補充及推測。

註2:

ケセラセラ源自於一美國歌手Doris Day於1956年推出的歌曲名稱,

原為Whatever Will Be, Will Be之副標題「Que Sera, Sera」(西班牙語),

兩者意義相同。

此曲流傳至日本後,由於過去以後者為主標題、前者為副標題(現則相反),

故那時以後者作為翻譯基礎,以片假名音譯為「ケセラセラ」。

中文可譯成「順其自然」。

參考資料來源:維基百科,加上個人補充及推測。

註3:

「今泣いた烏がもう笑う」為日本諺語,

直譯為「方才鳴泣之烏鴉,現已笑開懷」

用以比喻小孩子善變的情緒。

此處應係用以鼓勵人們趕快收起悲傷、開懷大笑。

參考資料來源:コトバンク(kotobank,暫譯為辭銀),加上個人補充及推測。


專輯名稱的「自己スキーマ」意為「自我解析(schema)」。

 

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